【N高】「一連の報道に関する、角川ドワンゴ学園の教員の働き方についての説明会」(記者会見)に対する私学ユニオン見解

6/29のN高等学校(以下、学園)の記者会見について、私学教員ユニオンの見解を述べます。

はじめに

 まずはじめに、会見で学園側は「私学教員ユニオンおよび一部報道で述べられているような過酷労働の実態は存在しない」や「担任150名でも、生徒1人1人のケアが行き届いている、問題も生じていない」と述べていましたが、これは問題が発生していないのではなく、経営陣が認識していないだけです。

 例えば、我々は団体交渉や文書でのやりとり、ブログ記事や社会発信で何度もスクーリング時の業務量の過重さを訴えましたが、今回の会見でも「年に1回のスクーリング」という言葉を使う(生徒目線では年1回、5日のスクーリングだが、教員から見るとスクーリングは1年中ある)など現場教員の訴えを軽く見ているところが随所に見られました。

 また、組合側からの返答書が来ていないと川上理事が発言していますが、こちらからの返答書は会見する以前にすでに送付済です。それを学園側が確認していなかっただけなのに「送付されていない」と会見で堂々と発言をしていました。このように学園側は事実と異なることを吹聴しています。

 そして、「ミスもあったが、大きな枠組みとしては法令にしたがっていた」と述べていましたが、労働基準法は使用者が労働者を働かせる上で守るべき「最低限のルール」を定めた刑事罰付きの法律です。それを4つも違反していたにもかかわらず「法令にしたがっていた」と堂々と述べることは理解に苦しみますし、真摯に違法行為を犯したことに向き合う姿勢とは言えないでしょう。

 本記事では奥平校長・川上理事の会見への反論を述べるとともに、改めて私たちの想いをお伝えできればと思います。

1,担任制度について

 会見の順番とは前後しますが、はじめに川上理事の「担任という言葉が僕らの学校では適切じゃない。担任という用語をそれほど使っていない。」という発言について断固、抗議します。現場を全く見ず、状況を把握できていない・しようとしていないからこそ出てきた発言としか考えられません。現場感覚からするとありえない発言です。

 まず最初にハッキリと申し上げますが、当学園に「担任制度」は明確に存在します。例えば、私たちが日々の業務で最も活用しているシートは「担任シート」と呼ばれており、そこで約150名の生徒たちの進路希望や進捗状況を記載しています。また、教員の人事評価項目に「担任満足度」が存在します。試しに学内のSlackで「担任」と検索したところ昨年度分だけで2万件以上ヒットするなど、学園では担任という用語を全日制の学校と同じように日常的に使用しています。このような状況を少しでも認識していれば間違っても「担任という用語をそれほど使っていない。」とは言えないはずです。そして、そのような(担任は存在しないという)認識で物事を見ているから私たちが訴える「担任150名の大変さ、生徒へのケアの行き届かなさ」の問題が見えていないのです。繰り返しになりますが、問題が発生していないのではなく、経営陣が認識していない、見ようとしていないだけです。

 私たちが、労働組合に入っていない教員へアンケートを実施したところ、約90%の教員が「担任数150名は適切ではない」と回答しました。その理由についての回答を以下に記載します。

・1人1人の生徒に向き合う時間が少ない。スクーリング等で連絡を返すのが遅くなった際にクレームにつながってしまった。結果的に上の人間は担任が悪いと決めつけてきた。上の人間は何も守ってくれない。スクーリングと担任業務の両立は厳しく、一時期体調不良になってしまった。

・担任数の是正を求めているが、管理職からは「担任以外の職員によるサポートにより負担を軽減できる」と回答されている。しかし、担任以外の職員にサポートを求める行為自体に負担を感じる。該当生徒が抱えている課題、特性、家庭環境など様々な情報を伝える必要がある。

・昨年、生徒面談は予約してくれた生徒にしか実施できておらず、そもそもの予約枠自体が2ヶ月に46枠しか設置できなかった。(担任数150なのに。)目標としている面談数に予約枠自体が遠く及ばず、予約出来なかった生徒にはスラックなどで対応していたが、連絡できてない生徒もたくさんいた。悔しくて仕方ない。。。

 上記回答は組合員以外から頂いた回答の内のほんの一部です。このように組合員以外でも担任数の是正を求めている教員は多く、実際に問題も発生しています。学園には我々の訴えに真摯に耳を傾け、担任数の是正に早急に取り組むように求めます。

2,業務効率化、分業化について

 学園は繰り返し「ITツールを使って業務効率化をしている。分業を進めているので担任の負担は少ない」と訴えていますが、これも現場の感覚とは乖離があります。

 例えば「進路などは専門スタッフが情報を一元的に発信している。」という発言がありましたが、教員には「進路決定率」という人事評価項目があるため、専門部署が発信しているから担任は進路にノータッチでいい、責任を持たなくていいわけではありません。学園はハッキリと教員に「担当生徒の進路に責任を持つように」と示しているわけです。この人事評価項目が存在することは「分業しているから教員の負担が少ない」という発言に真っ向から矛盾します。

 また、保健部や進路指導部などの専門部署はありますが、専門部署を通す前に必ず担任を経由するため、150人の生徒がどういった背景があり、どういった進路を考えているかなどという事は全員把握した上で部署へ回す必要があります。上記の組合員以外の教員からのコメントにもあるように、専門部署に情報共有することや何かトラブルがあったときに最初の窓口となるのが担任のため、専門部署へ共有するのも多大な負担となっています。

 そして学園がいうほどの分業化が現場では出来ていない現実があります。面接対策や書類添削なども一応専門部署がありますが、昨年度はその部署が予約でいっぱいになり結局は担任が面接練習を実施していました。書類添削について言えば「まずは担任が文章添削、内容として良い仕上がりになったら最終チェックとして専門部署に渡す」というフローになっており、教員の多大な負担となっていました。

 また、キャンパスの清掃(生徒は行なっていません)やゴミ出し、トイレ掃除や緊急事態宣言下に年末の大掃除、受付業務や安全管理(昼休みに周囲の巡回をし生徒がトラブルに巻き込まれていないか確認)などを教員が行なっています。上記のような業務は多くの私立高校では業者や専門部署に依頼していますが、当学園では現場教員が担当しています。最も分業化しやすい部分だと思いますが、おそらくここは現場教員に負担させ続けることでしょう。

 そして、そもそも単純に全体の人数で割り算をして教員の業務過多はないと決めつける姿勢に、現場をしっかりと把握し改善する姿勢が全く見られません。当然ながら教員免許を持っていない職員だけで単位認定をする事は出来ないため、担任が非常に重要で複雑な業務(調査書の記入、成績処理など)を担任数分行なっています。

※もちろん教員として担任生徒の進路・人生に対して責任を持って職務に当たるべきだと考えていますし、1人1人の進路・人生と向き合いたいからこそ、我々はこうして訴えを起こしています。

 そのほか、「分業化・効率化=教員の負担の軽減、教育の質の向上」の構図が成立しているとも思えません。例えばレポート採点では生徒の解答を1件約20秒で採点します。全国2万名の生徒のレポートを採点するにはこのペースで採点していかないと終わらない現状です(1日平均200件以上採点している科目もあります)。学園にレポート採点量の軽減を求めても「効率化しているからこの量を出来るはずだ」の一点張りです。効率化した分の時間を生徒に充てられるわけではなく、業務量が増えるだけというのが実情です。もちろん、1件20秒で処理しなければいけない中で、生徒1人1人のレポートをじっくり見ること、適切なアドバイスを送ることは不可能です。教育の質も担保されていません。

 このようにそもそも分業化が出来ていない実態であること、効率化したところで教育の質の向上に繋がっていないことは教員の労働環境以上に学校として、そして教育として看過できない問題と考えます。

3,休憩未取得について

 当学園では実際に教員が休憩していたかどうかに関係なく自動的に1時間の休憩時間が勤怠記録上カウントされてしまいます。それに対して我々は時間割上、絶対に休憩が1時間取れない日が存在しているという明白な証拠を、学園と労基署に提示して学園に調査を依頼しました。会見では一部日程で休憩が未取得であったことを認めていましたが、「休憩がとれないのが常態化しているという状況は発生していない」という、現場教員の感覚からはため息が出るほど現実とかけ離れた発言がありました。

 例えば、休憩がとれていなかった日について「1時間の休憩を取るように指導していたが、生徒のことで突発的に対応しなければいけないことが生じた」として、まるでトラブルで休憩が取れなかったかのような発言をしていましたが、事実とは全く異なります。そもそもスクーリング時の昼休憩は40分に設定されています。そのため、昼休憩の前後のコマに授業が入っていると確実に休憩時間は40分以下になります。もちろん40分フルに休めるわけはなく、それこそ突発的な生徒対応であったり、授業中で返事が出来なかったSlackの返事、連絡が取れていない家庭へ架電などを行っており、実質的な休憩はもっと少ないのです。

 非組合員へのアンケートでは休憩時間は20分が平均値でした。実際のスクーリング現場に1回でも来ていれば、教員が1時間の休憩が取れていないばかりか、設定されている40分の休憩でさえ満足に取れていないことは分かるはずです。学校の謳う「休憩未取得率は10%」という数字はあくまで、明白に学校が労働基準法を違反したケースの数値でしかなく、現場では休憩を取ることなど事実上不可能なことが常態化しているのが現状です。

 さらに我々が行ったアンケートでは4分の3の教員がサービス残業をしていることが明らかになりました。学校はただ「サービス残業は禁止しています」と主張・連絡するだけで、業務量は変えず、ただ形式的に言っただけのことを「指導している」「サービス残業はさせていない」と主張しています。もちろんそれで仕事が終わらないということは許されません。学校が堂々と「サービス残業をさせず、ホワイトな労働環境で出来ている」というのは、陰でサービス残業をしている教員の存在を知らず、現場を見ようともしない経営陣だからこそ言えた発言です。

 現場教員の訴えを黙殺するばかりか、明白な証拠がある日でさえ「突発的な対応があったから休憩が取れなかった」と吹聴する姿勢には強く憤りを覚えます。

4,振替休日の取得について

 学園側は賃金の支払い方法のみに問題があったことを繰り返し訴えていましたが、そもそも月内に振替休日を消化出来ないほど過酷な労働状況であることを我々は訴えています。実際に法定休日に出勤をしていた教員が33名もいたことが発覚しました(33名も未払い賃金が発生しているにも関わらず、金額にすると5万円という薄給さが涙を誘いますが)。

 また、学園は土日の出勤が平均2,1日としていますが、これはあくまで平均化したものであり、私たちの組合員の昨年度の勤務実績を調べたところ、以下の日数だけ土日祝の出勤がありました。

7月8月9月10月11月12月1月
6374104

※求人では「完全週休2日制」と謳っていますが、土日は出勤で月曜日だけ振休、火曜日から仕事というのも、スクーリングが忙しい時期では常態化していました。

また、そもそも振り替え休日は当月で取らなければならないものであり、労基署からも指導があったにも関わらず、当月翌月前月でカウントしていました。

 このように出来るだけ問題を小さく見せようとする学校側の数字、そしてそれを世間に出して問題が発生していないように見せようとする姿勢に対して、こちらも真摯に問題と向き合い改善をしようとしているのか懐疑的にならざるを得ません。

5,36協定について

 従業員代表の選出に不備があり、労使協定(36協定)が提出されたのが4月22日となり、その間にも残業している従業員が居たことについて奥平校長は「全く弁明の余地がないミス」と述べていますが、これはミスではなく学園は完全に理解した上で行っていました。

 たとえば、一部のフレックスタイム制を敷いている部署では「36協定が提出されていないからフレックスタイム制ではなくて、9時半~18時半で勤務してください。残業は禁止です。」と明確に指示が出される一方で、そのような指示が全く出ていない部署もありました。最も多くの教員を抱えるN高・S高ネットコースではその指示がありませんでした。もちろん、その間に時間外労働をしている教員は多数いました。また、指示があった部署でも4月中旬に時間外労働が解禁されるなど、労使協定の日付(4/22)と合わない状況がありました。

 学園の意図は分かりかねますが、法意識の低さは言うまでもなく、「恐らくバレないだろう」という意識があったのではと思わざるを得ません。 

 このように自分たちに不都合な部分は見ようとせず、明白な証拠がある部分についても何とか問題を矮小化しようとする姿勢に、教員の声を真摯に聞いて、正面から問題に取り組もうとする様子は一切見られません。

6,おわりに

 最後に、どうしても納得できない発言があるので、それに対する意見を述べて本記事を終わりにしたいと思います。それは「生徒・保護者と向き合う仕事に教員免許は必要ない。」という川上理事の発言です。

 なぜ、教員免許というものが存在するのでしょうか。それは教育というものが社会の基盤を作る非常に重要なものであり、教員には専門性が求められ誰でも簡単に出来るものではないからではないでしょうか。だからこそ、生徒たちと真剣に向き合うために教員は、大学で通常の課程よりも教職専門科目など多くの単位を取得し、教育実習にも行くなどして専門性を身につけ教員免許を取得しているのではないでしょうか

 そのような過程を考えようともしない「免許は不要である」という発言は、車の運転でいうと、無免許運転を堂々と宣言、推進しているようなものです。そんな運転手の車に大事なお子さんを乗せたいでしょうか。

 学校としても教員免許を持った教員がいなければ、単位認定を行うことができません。それにも関わらず、生徒の卒業に関わるスクーリングや成績に関わるレポート採点を雑用のように扱い「これは教員免許持ってる人がやって」と押し付ける姿勢に現場は憤慨しています。

 学園の「教員や教育を軽視する姿勢」はこの発言によく表れていますし、日々学園で勤務していて私たちはそれを毎日感じます。現場教員の労働環境を改善することは、生徒・保護者への教育の質へ直結することです。学園の謳う「未来の学校」に相応しく、教員にとっても「未来の学校」になることをこれからも学園に求めていきます。